Upper Image
Climate-Experts Logo

ウインドウ内の余白部分を左クリックすると 【メニュー】 がでます. あるいは ページ下の リンクボタン をお使い下さい.
Netscape 4 の場合,再読込ボタンが機能しないことがありますが,その場合 url 表示窓をクリックし, Enter キーを一度打って下さい.

Last updated: 2009.01.02

日本のETS試行実施の評価

いよいよ日本においても,国内排出権取引制度(日本ETSと呼びましょう)が,試行という形ではじまりました.今回は,それが,本当に機能する制度デザインかどうか?という点を考えてみましょう.


全体的評価

日本ETSは,「排出量取引の国内統合市場」と呼ばれ,主として経団連傘下などの比較的大きな企業に対する規制部分(試行排出権取引スキーム)と,それでカバーされない部分を対象とした部分(国内クレジット制度)から成っています.京都議定書が,「先進国への規制+途上国へのCDM」という構成の市場メカニズムとなっていることと同じ考えですね.

第一印象としては,さまざまな『政治的な配慮』を取り込んだ複雑な制度デザインとなっている,という点でしょう.一般に新たな制度の「試行」としては,

という二つのまったく異なったアプローチがあるでしょう.あきらかに,今回の試行は,後者ですね.

わたしは,「試行」であるからには,制度デザインのどの部分が長所で,どの部分が短所=修正点であるかが判別できるような「わかりやすい」制度設計であるべきと思います.複雑な要素が絡み合っていたら,あとからレビューするとき,的確な要因分析ができないおそれが多分にあります.

また,排出権取引制度は,政治的要素が絡みやすい炭素税と比較して,ピュアな形で設計することが可能です(とくに経験のない日本にはそれが有効であるでしょう).

それから,今回の試行制度が何を目指しているのかがよくわかりません.とにかくETSを導入することノ というだけのような印象ですね.「排出量取引の国内統合市場」という表現も気になります.もともとETSは規制制度であり,市場を「つくる」ために行うものではありません.市場は「できる」ものです.もっとも,市場が機能することに焦点が当てられていないのも大きな懸念事項ですがノ

もうひとつ,日本の目標達成に寄与するかどうか?という肝心の点が不十分です.目標設定が現在の自主行動計画の水準であり,かつ国内クレジット制度も「追加性」が緩いようですので,この試行制度による追加的な削減はほとんど見込めないでしょう(逆に増える可能性もあります).これは「試行」ということで,それを「わかっていて」デザインしたのでしたらまだいいのですが...

もうすこし具体的な話はあとで述べるとして,結論としては,わたしは今回の「日本ETS試行」はうまく機能しないと思います.懸念されるのは,そうなった場合,日本におけるETS本格実施の否定につながってしまう可能性です.

「試行排出量取引スキーム」部分に関して

試行制度の特徴

この部分は,一言で言えば,かなり「緩い」かつ「複雑な」制度となっています.たとえば

などが,その特徴として挙げられるでしょう.

成功するETSとは?

この制度をみていると,EU ETSが動き出す前のUK ETSを思い出します.あの制度は,(市場取引の知見の深い英国ですら)複雑になりすぎたが故にほとんど機能しませんでした.

日本の試行排出量取引制度は,よく言えば柔軟性にあふれた制度デザインなのですが,成功するための排出権取引制度のエッセンスを完全に無視しています.実は欧米のETSには,英国の例のように失敗例が数多くあります(GHG以外の汚染物質など対象も含めて).それらの経験を踏まえて,成功例が形成してきているわけですね.

成功する排出権取引制度のエッセンスの第一は,

堅牢な遵守システム

と言い切っても過言ではありません.

遵守システムとは,

などから成ります.当然ながら,責任関係も明確化しなければなりません.この面で,堅牢なシステムの上で,はじめて市場が機能するわけですね.

日本ではむしろ市場が機能することを望んでいない(?!)ひとたちもいるような気がします.排出権は,GHG排出削減に「分業」の考え方を導入するもので,それは非常に強力な削減ツールであるわけです.
なお,EU ETSの市場で一番取引を行っているのは電力会社で,彼らはEU ETSが始まる前から,燃料(ガス,石炭)や,商品である電力の市場取引の経験が豊富でした.日本ではその経験がないうえに,制度がかなり複雑ですので,せっかくの市場メカニズムとしてのメリットがほとんど活かされないという結果に終わることは十分に予想されます.

もちろん,市場がきちんと機能するためには

シンプルでわかりやすい制度

である必要があります.

それから

環境面での所期の削減目標達成が確保されること

も,当然,重要となります.Cap-and-Trade方式でしたら,(もちろん遵守システムが厳格に機能するという条件で)それは「事前に」決定され,オートマチックに達成されます(事前に発行される排出権分しか排出できないわけですから).

加えて,

将来の制度の発展の仕方が予見可能なこと

も重要な要素ですね.

日本の試行制度は,これらのエッセンスにことごとく反しています.

「国内クレジット制度」部分に関して

試行制度全体に与える影響

日本のETS試行においては,中小企業や民生部門などでの削減量をクレジット化する仕組みも導入されています.このこと自体はすばらしいことだと思います.

ですが,いくつか懸念があります.

CDMが(JIと違って)なぜあれだけ厳格なスキームとなっているか?という理由は,排出目標のない排出源での削減行為であるからです.そのクレジットは,その分だけ規制されている部分で「排出増」にできるわけですので,ゆるゆるの制度なら,この制度を入れることで,むしろ排出がネットで増えてしまうことになるわけです.

日本の「国内クレジット制度」は,一定の厳格性および追加性を確保するとされていますが,肝心の方法論をみてみると,「追加性」を論証するところはなく,「現状維持をア・プリオリにベースラインと設定してよい」ように読めます.すなわち,BaU型事業であったとしても,現状より排出量が少なければ,それは削減量すなわちクレジットとなり,それを購入した「試行排出量取引スキーム」側の企業で,排出量が増えてよいことを表します.

これは,その企業が,この制度がなかったら外国から購入していたであろうCERを購入しなくて済むことを意味するわけですね.「試行排出量取引スキーム」自身の目標が現行の自主行動計画水準ですので,この仕組み全体で,「むしろ導入しない状態より排出量が増えてしまう」ということも十分に起こりうるでしょう.日本の京都議定書目標達成に逆行しているわけです.

ただ,「現状より削減した分はオートマチックに追加性があると認める」という『ルール』を設定すること自体は,わたしはOKだと思っています.中小企業で削減量も少ないわけですから,当然,審査手続きがむつかしくコストのかかる制度では機能しないでしょう.どの程度の運用がなされるかわかりませんが,できるだけ簡便なものでお願いしたいものです.

また,削減が手つかずの部分の多い中小企業にインセンティブを与えるという意味でも,非常にいい制度です.

ただ,前述のような「日本ETS全体で増えてしまうかもしれない」という大きな問題があることだけは認識しなければなりません.たとえ追加性が完璧だったとしても,ゼロサム,すなわち国内クレジット制度だけでは,日本の京都目標達成に直接は効かない,ときちんと理解している人がどれだけいるでしょうか?

それらを理解した上で,「全体」をデザインする必要があるわけですね.排出増の懸念があるなら,そのリスクをだれがどのようにとるか?が,少なくとも現在の日本ETS試行全体の中からはみえてきません.

今後の展開に関して...

今回の制度は,あくまで「試行」であるわけです.明確に定められていないようですが,一年で判断できるとは思えませんので,おそらく2012年度末まで実施されるのではノ と推察されます.

フォローアップは,一年ごとに行われるようですが,

という項目が対象のようです.

最初の点は,ETSは,技術普及には効きますが,技術開発向きではありません.技術開発は補助金や,なにより将来の規制導入の確実性のアナウンスが効くわけです.

その他も,どうも実施する前からおおよその結果は見えている感じですね.

最後に,カーボンオフセットに国内クレジット制度を用いる場合の注意事項を挙げておきましょう.国内クレジットは,あくまで日本のGHGインベントリーにカバーされる活動が対象であり,日本は京都議定書目標の遵守義務があります.したがって,理論的に,国内クレジットを取り消したとしても,地球大気からの削減にはつながりません(日本の目標達成には寄与します).それを理解した上で,利用するなら利用すべきでしょう.なお,当然ながら,誰かに入手した国内クレジットを売ってしまったら,オフセットしているとは言えません.


日本の国内ETS試行がうまく機能しないであろう理由をいろいろ挙げましたが,そうなった場合,日本におけるETS本格実施の否定につながってしまうことだけは避けてもらいたいですね.機能しないような制度設計をわざわざ行っているわけですから.きちんと失敗例から学んでもらいたいものです.



[この文章は,ナットソースジャパンレター 2008年 11月号に寄稿したものに,少し変更を加えたものです]



Move to...

Go back to Home
Top page

Parent Directory
Older Article Newer Article