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Last updated: 2002.09.01  

米国の温暖化防止政策のゆくえ
― 議定書離脱は止むを得ないが,民主主義の底力に期待

要約

米国の温暖化防止政策が膠着状態を脱するためには,京都議定書の呪縛を離れることが何れ必要であった.ブッシュ提案は,後ろ向き姿勢が目立つのは残念だが,他方では米国内の温暖化対策が前進する新たな可能性も開いた.議定書離脱という事態を招いた背景には,米国の民主的意思決定システムがあるが,これは同時に米国の強みでもある.米国には環境保護に熱心な人も多く,同じ民主的意思決定システムを活用して,独自の温暖化防止政策を実現していくだろう.日本などの他の国が国内温暖化防止政策を進めることはその手助けになる.

多元的な民主国家アメリカ

米国はなぜ京都議定書から離脱したか,その背景を理解しよう.よくエネルギー業界のロビーが強いからという説明があり, これも事実だが,それだけではない.米国は環境保護派も強いのだ.本稿では,なぜ議定書離脱に至ったのかを, 法・政治システムの観点から見てみよう.この作業を通じて,今後の進み方が見えてくる.

米国の政治システムは,効率性を追求するようにはなっていない.重視されているのはチェック・アンド・バランスである. 法によって手続きが明確化されており,訴訟などを通じて公共の意思決定に関与する機会が多く設けられている. これに裏打ちされて,多元的な政治主体が活発に活動している.政権交代が頻繁におきるし,三権ははっきり分立している. 州,企業,NGO も自立性が高く,それぞれの利益をあらゆる機会を捉えて反映させようとする.

このシステムにはメリットとデメリットがある.

メリットは「手続き的正義」の確保である.誰でも同じ手続きを踏んで政策決定に関与できる. 当該企業が知らない間に新しい規制ができましたとか,根拠不明の行政指導で自由な活動が制約されるということがない. これを見習おうということで,行政手続法が日本でも制定されてきた.

デメリットは,政策の触れ幅が大きく,しかも予測しにくいことである.政権が変わったり訴訟が起きたりするたびに 頻繁に政策が変わる.

京都議定書はその典型である.すなわち,クリントン・ゴア政権は京都議定書の骨格を決めた生みの親であり, 国際交渉を強力に推進したが,ブッシュ政権になるときれいさっぱり離脱してしまった. 政権が変わるとがらりと政策が変わるのは,民主主義として一面結構なことではあるが, それに振り回される企業や外国(とくに悲しいかな日本)はたまったものではない

数値目標の持つ重み

ブッシュが議定書を離脱した背景の一つとして,「法的拘束力のある数値目標」に対する米国の認識が 他国と違うことが挙げられる.

米国は訴訟社会であり,訴訟は法に基づいて行われる.法は権利義務を明確に定める唯一の手段であり, どのような法が制定されるかということは企業や市民にとって重大な関心事になる.

このような状態で,野心的な ― 殆ど非現実的な ― 数値目標を持つ京都議定書を批准するとどうなるか.

膨大な訴訟合戦がおきるだろう.数値目標未達成になれば政府が環境 NGO に訴えられる. 目標達成のために政府が規制をしようとすると,政府が企業に訴えられる. 行政官は軽微な規制違反でもやたらと罰金を取り立てるし,そうしないと逆に行政官が環境 NGO に訴えられてしまう. このような状況では,京都議定書の数値目標がキツいところに設定されているとなると,おいそれと批准などできない. 「法」の持つ意味がよその国よりも強烈なのである.

ちなみに,欧州はわりと日本に似たところがあって,このような訴訟合戦にはならない. このため,米国の多くの政策研究者は,欧州や日本は数値目標を真剣に守らないと考えていた. 離脱前の米国が,議定書不遵守に対するペナルティが必要だと主張しつづけた理由の一つは, そうしないと欧州や日本は数値目標を遵守しないだろうという不信感があった.

もっとも,この「米国だけが法律を守る」という「米国特殊論」の根拠は乏しい. 米国でも遵守されない法律は多くあるし,また訴訟合戦の結果として,いつまでも実効ある規制がなされなかったりする. あるいは数値目標が,達成目標年の間際になって変更されたりする.1970 年代の自動車の排ガス規制で 実際これがおきた.むしろ日本のほうがよほど厳格に規制を遵守した.

しかしながら,法や数値目標というものが,米国においては際立った存在感をもち, 企業にとって死活的に重要と認識されていることには変わりない.「野心的な,法的拘束力のある数値目標」は 環境保護派 ― ゴア・クリントン政権 ― の夢,あるいはパフォーマンスであった. しかし,その実施可能性は乏しかった.

議定書批准はもともとありえなかった

ブッシュ大統領は,政権についてまもなく,京都議定書を支持しない旨を明確にした. ただしこれは,京都議定書だけを狙い撃ちにしたのではなく,より一般的な 2 つの文脈から派生していた. 第 1 に,国際関係全般については,ブッシュはクリントン外交を弱腰とみており, 安全保障面でロシア・中国・北朝鮮に対してそうであったように,全般に強硬な態度を見せていた. 第 2 に,環境政策についても,クリントン期の環境規制強化をやりすぎと見ており,飲料水汚染基準や, アラスカの自然保護地域における石油掘削規制などを対象に,全般に環境規制緩和の動きを示していた.

ところで,「(ブッシュの属する)共和党の反対によって京都議定書が米国上院で批准されず, 米国が京都議定書に参加しないだろう」ということは,専門家にとっては,いわば「公然の秘密」であった. ブッシュの離脱表明は,来るべきものが来たにすぎない.意外であったのは不支持発言そのものではなく, その発言の不用意さであった.ハーグ会議が決裂し,誰もが「議定書つぶし」の汚名を浴びたくないときに, ブッシュが無造作に火中の栗を拾った.

議定書批准がありえなかった理由は 2 つある.まず第 1 は,上記のような数値目標に対する厳しい認識があったことである.

第 2 に,京都議定書を批准するためには,上院の 2/3 が賛成する必要があったことである. これはすなわち,共和党と民主党が超党派で賛成しなければいけないことを意味する. しかし,京都議定書の交渉にあたっては民主党クリントン政権が前面に出過ぎたために, その手柄を削ぐために,政治力学として共和党はその実現を阻止しようとした.さらに, 共和党支持基盤である米国中西部の石炭・石油産出州は,人口は少ないものの,上院の約 1/3 の議席を有しており, 事実上の拒否権を有していた.

米国上院は一貫して京都議定書を批准する意志はなかった.のみならず,環境保護庁が実施しようとする あらゆる温暖化対策を,京都議定書の「裏口からの履行である (Back door implementation)」として否認していた. このため,皮肉にも,京都議定書の存在が,かえって温暖化対策の前進を妨げることになっていた.

ブッシュ提案の 2 つの読み方

2月 14 日にブッシュ大統領が発表した米国提案は,京都議定書と全く性質の違うものである. 京都議定書のキーワードは「法的拘束力」「数値目標」「排出権取引」がであったが, ブッシュ提案では「自主的取組」「原単位目標」「技術開発・移転」が中心になっている.以下に説明しよう.

まず,数値目標の法的な性格づけが違う.京都議定書では国々の持つ数値目標は法的拘束力があり, それゆえに国内政策についても税,規制,排出権取引といった強制力のある手段になりやすい. これに対して,ブッシュ提案では自主的取組が重視されており,強制力のある手段は予定されていない.

次に,数値目標の設定方法が違う.京都議定書の数値目標は 1990 年を基準として 7% 削減というたいへんに野心的 ― 別の言い方をすれば非現実的 ― なものであったが,ブッシュ提案ではこれが GDP あたりの原単位目標となっている. 同提案では,「今から 10 年後の 2012 年までに温室効果ガスの GDP 原単位(=GDP 1 ドルあたりの温室効果ガス純排出量) を 18% 改善する」としている.

国際展開については,温暖化対策技術を開発し,その移転も積極的に行うとしている. これは京都議定書が排出権取引を中心にすえていたことと対照的である.

時間展開については,当面はこの提案に沿って施策を行い,「2012 年における施策が不十分と分かり, かつ追加的な温暖化対策が科学的に正当化されれば」,市場に調和した温暖化対策を行う,としている.

このブッシュ提案には 2 つの読み方がある.

第一の読み方は,環境保護派が言っているように,「米国は温暖化対策を何もしない」というもので, おおむね以下のようなものである.

ブッシュ提案自体は,大統領の提案であるということでそれなりの重みはあるものの,具体的な法制度について, とくに規制的措置については殆ど何も言及していない. また,ブッシュ提案の中にはさまざまな政策が延々と書き連ねてあるが,どうも新味には乏しく, いままでの政策を並べなおしただけという印象がぬぐえない.

実際のところ,同報告書でも「既存の政策で 14% 改善するところを,新政策で 4% 上積みして 18% 改善を目指す」 といっているぐらいだから,あまり大胆さが無いことを自ら認めているようなものだろう. さらに,2012 年(自分の任期ですら無い)までは見直すつもりも無いと言っているぐらいだから, 「何もしない」宣言だと受け取れる.

とくに,原単位を目標に掲げた理由として,「経済成長は温暖化問題解決のための鍵であり, 経済成長を犠牲にするつもりは全く無い」としたことが,環境保護派からの顰蹙を買うことになった.

いまさら温暖化問題の科学的な裏づけが怪しいなどと言うあたりも困ったものである. 確かに科学的裏づけは十分ではないが,だからといって温暖化防止政策を全くしなくてよいという認識は間違っており, 予防の観点から,何らかの行動は開始しなくてはならない,というのが今日の常識的な専門家の見方である.

これに対して,「第二の読み方」もある.それは,ブッシュは米国に実施可能な形での温暖化対策の布石を打った というものである.

前述したように,米国内の温暖化防止政策はゆきづまっていた.この状況を打開するためには, 京都議定書と国内温暖化対策の関連を切る必要があった.いったんこの関連を切れば,国内対策を実施するにあたり, 裏口履行と批判されることもない.また,国内法であれば上院の 51% の賛成票で足りるので, 議定書の批准のように超党派の賛成が必要ということもない.

そして何よりも,非現実的な数値目標を前提としなくてよいので,実施可能性のある政策がみえてくる. 米国が温暖化対策を本気で実施するとなれば,それは排出権取引の導入を意味すると考えられている. 米国の統治システムにおいては,直接規制の強化よりも,排出権取引の方が優れたシステムになるということが, SO2 取引の経験を通じて共有されている. 京都議定書という呪縛を取り払ってしまえば,現実的な総量枠を設定しなおした上で, 排出権取引市場を導入することができる.

ブッシュ提案の評価できる点は,そのための大きな総量枠として「原単位」を打ち出し, その原単位を長期的にどう推移させるか,その考え方を示し,将来的には市場的手段の導入を示唆する一方で, 具体的な第一歩として自主的取組による排出削減量の登録簿整備を指示していることだ.

この 2 つの見方は,何れが的を射ているのだろうか.今後に考えを巡らせてみよう.

ブッシュ提案のゆくえは?

ブッシュ提案をどう実施に移すかについては,現在,米国エネルギー省を中心とした省庁横断の 委員会で作業が進められている.そこでは,ブッシュ提案のキーワードをどのように解釈していくかをとりまとめ, 6 月に答申する予定になっている(注:執筆現在は 5 月 14 日).この答申を軸に議会などで議論が行われることになる.

ブッシュの真意がどこにあるか,これにはさまざまな意見がある.「ブッシュはそもそも温暖化問題の重要性を 理解していないので,ブッシュが大統領である限り温暖化防止政策はありえない」という人は大変に多い.

もっとも他方では,「ブッシュは直接専門家からレクチャーを受けた,これはクリントンは全くしなかったことで, ブッシュのほうがよほど真剣に考えている」という人もいる.

以上は,これまでの経緯である.それでは,今後数年先ぐらいまでではどうか.

楽観的な見方をする識者もいる.ブッシュも 2 期目を勤めることとなれば, 「地球環境の破壊者」として後世から汚名を被ることは避けたい,「京都議定書からは独立し, 排出権市場を無理ない形で導入し,ゆくゆくはそれによって温暖化防止のリーダーとなった」 という評価を勝ち得ようとする,というものである.

ブッシュが環境破壊主義者になることは望まないだろうという意見も多い. 「ブッシュの父は気候変動枠組条約にリオ・サミットで署名したし,米国は同条約には加盟しているので, 温暖化防止政策は親子の課題である.また,排出権市場も親子の課題である.SO2 排出権取引市場はブッシュの父が導入したし,ブッシュ Jr. は今回の提案と併せて SOX,NOX,水銀の大幅カットを 排出権市場によって達成するとしている」というものである.

このように,ブッシュの温暖化対策に関する姿勢については,希望的な観測もある.しかし, 技術開発など一部の要素を除いては,「実効ある温暖化対策はあまり期待できない」という見方がやはり有力なようだ.

多元的な民主主義への期待

ブッシュ政権にあまり期待できないとなると,米国は何も温暖化対策をしないまま数年を過ごすのだろうか?

そうでもない.これまでは米国の中央 ― 連邦レベル ― の話であったが,ふたたび,米国の民主主義, とくにその多元性に着目したい.

全米の半分以上は環境保護に真剣な州であり,議定書や連邦法に先んじて温暖化対策を進めているところも多くある. 例えば,カルフォルニア州は,排ガス規制からゼロ排出車規制に至るまで,つねに世界の自動車排気ガス規制を リードしてきた.

ワシントンのシンクタンクであるセンター・フォー・クリーン・エア・ポリシー (CCAP) においては, 温暖化防止政策に関心のある州の環境政策担当者の参加を募って,円卓会議を実施している. 同会議には,カリフォルニア,ペンシルバニア,ニュージャージー,メリーランドなど,10 州が参加している. 州からの「ボトムアップ型」の温暖化防止体制の整備を通じて,将来的には国の政策を動かす可能性がある.

これらの規制は「ビッツ・アンド・ピース(些細でとるに足らない)」であるという意見もあるが, そうでもないと筆者は見ている.ひとたび先進的な環境政策が導入されると,それはかなり早いテンポで世界に広がる. 多くの場合これは国単位で広がるが,米国の場合は州単位でも広がる.ここに米国の特徴がある.

日本や欧州などがそれぞれの温暖化対策を進めていくことは,米国内で温暖化対策を重要と考えている人々の後押しになる. いくつかの州は,日欧と同等以上の対策を打とうとするだろう.米国の多元主義の中に入り込んでいって, 同じ志を持つ人々と連携することができたらよい.

京都議定書の効果は,国としての排出量を強制するというハードな経路のみで現れるのではない. むしろ,世界の主要国で温暖化防止を進めていくというメッセージを発信し,世界各国で法制度を整えて, 互いの政策を倣い改善していくという経路が重要である.

このような考え方は,「米国をどうするか」という枠を越えて,途上国を含めた世界全体の温暖化防止の道筋について 考察するときにも有効である.これについては来月にしよう.

参考文献

杉山大志,多様な批准パターンを想定した京都レジーム構築のあり方,電力中央研究所研究調査資料 Y00901.

[日工フォーラム社 「月刊エネルギー」 2002 年 7 月号(ドラフト)より]



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